デス・オーバチュア
第37話「獅子の兄弟」







パープルの王城、その最奥の部屋に、黒い天使が姿を現す。
その部屋は壁全体を奇妙な機械が埋め尽くしていた。
「イェソドさんのおかげで、僅かですが時間をロスしてしまいましたね」
一瞬でグリーンまで転移し、グリーンに居た時間は三分にも満たない。
それでもロスはロス、時間の浪費でしかなかった。
今は一分一秒たりとも無駄にできない時だというのに。
「それにしても、十大天使の皆さんも思った以上に情けない」
コクマはパープルに居ながらも、七ヶ国全てのファントム達の状況を同時に知ることができた。
それこそが遍在する女神とも呼ばれる真実の炎(トゥルーフレイム)の能力の一つ。
「ホドさんが目的を果たしたとはいえゲブラーさんは死亡、負け癖のついているティファレクトさんはまたも敗北……」
そして、イェソド・ジブリールも撤退した。
もっとも撤退せずに、本性の能力のままに戦闘をされたら、大陸自体が焼き払われ、計画が全て白紙になるところだったのだが……。
それを防ぐためには例え貴重な時間をロスしてでも、コクマが止めるしかなかった。
イェソド……いや、『あの女』を止められるのはコクマ以外ではアクセルかDぐらいしかいないのだから。
止められるといっても、止められる可能性を持つだけの実力を有するという意味であり、説得ができたのは恐らくコクマだけだったはずだ。
特殊な関係……因縁を持つコクマの意見だったからこそ『あの女』は耳を傾けたのである。
「さて、邪魔の入らぬうちに一つ目の目的を果たすとしますか」
コクマは最奥の壁にある機械に手を触れた。
「なるほど、小型化を完全に諦めてる分だけ、まあまま高性能な魔導計算機ですね」
壁のかなりの範囲をしめる『液晶』に映像が映し出される。
「さて、あれについてのデータはどこですかね」
コクマの両手の指が機械の鍵盤を物凄い速さで叩き始めた。



ブルーの首都たる海洋都市。
その廃墟を静寂が支配していた。
マルクト・サンダルフォンは極東刀をゆっくりと鞘にしまい込む。
「まだ……人工島がいくつか残っている……」
それも全て滅ぼさなければいけない。
マルクトはゆっくりと歩き出した。
次の島を滅ぼすために……。
「ふふ……もうこの辺で宜しいのでは……?」
「んっ!?」
声のした方に振り返る暇もなかった。
突然四方八方から出現した無数の鎖がマルクトを縛り上げる。
マルクトの姿は、空間に突然生まれた白銀の鎖の蜘蛛の巣に捕らえられた蝶のようだった。
「ご機嫌よう……気高き天使さん……」
ゆったりとした染み入るような声。
この世のものとは思えない美しさの青い着物の女性が立っていた。
「……何者ですか、貴方は?」
マルクトは囚われの身になりながらも、冷静な表情で女性に声をかける。
「ふふ……私の名ですか? どうぞ、気安くリンネと御呼びください」
「……リンネ?……輪廻ですか? 生まれ変わりを意味する……」
「ふふ……東方の御言葉にお詳しいようですね……ええ、そのリンネ(輪廻)ですわ」
「……その格好も確か、東方のもの……東方の者がなぜ、私の邪魔をするのですか?」
「いえ……私は別に東方の者ではありません。この衣装は単なる趣味ですので……」
「趣味?」
「はい」
リンネは花が咲き乱れるかのような満面の笑顔を浮かべた。
「別にこの国どころか、この大陸がどうなろうと私にはどうでもいいことなのですが……あなたは必要のない殺戮は好まぬ方のようですので、止めて差し上げようかと……差し出がましかったでしょうか?」
「…………」
確かに、殺戮などしたくはなかった。
だが、任務、命令に逆らうわけには……。
「御心配なく、もうあなたが殺戮を続ける必要性はなくなったのよ……」
「……どういう意味……で?」
リンネの着物の袖口から数個の仮面が転がり落ちた。
「……千面衆?」
「ええ、あなたは囮でしたのよ……ファントムは七国を滅ぼすことを最大の目的としていません……まあ、ついでに滅ぼせてしまったらそれはそれで構わないのでしょうが……」
「…………」
「ファントムの本当の目的はこれ」
リンネの右掌の上に青い六角形の水晶柱が出現する。
「……クリスタル?」
「七国それぞれに存在する祖国を象徴するかのような七色の水晶柱……いえ、正しくは逆ですわね。このクリスタルを護るために、このクリスタルに当て嵌めるために七つの国が作られた……歴史的にはそうなっています」
「歴史的には?」
マルクトは、先程からオウムのようにリンネの言葉の一部を繰り返し、確認することしかできないでいる自分自身が情けなく思えてきた。
「ええ、詳しく知りたいのでしたら、少しお待ちいただけますか?」
リンネは左手の袖口から一冊の古ぼけた本を取りだした。
リンネの左掌の上の本が独りでに開き、ページがめくれていく。
「……ああ、ここですわね」
本は、おそらくリンネが望んだであろうページで止まった。
「今から約千年前、高位魔族達の驚異に怯え……いえ、実際に人間などこの頃は魔族達に弄ばれるだけの玩具になっていたようですわね。そこで、人間達は考えました……どうすれば自分達は魔族の驚異から逃れられるのか……その答えが……」
「……答えが?」
「この世界全てに、魔の因子を排除する結界を張ること……中央大陸自体がその効果を持つ巨大な魔法陣なのです」
「……なるほど、魔の存在しにくいこの世界の大気組成は人工的なものだったのですね?」
「ええ、例え界と界を渡る通路を作っても、中位以上の魔族はこの世界に足を踏み入れることさえできません。世界自体が魔を弾くのです……まあ、例外や抜け道はいくつかあるのですが……」
「……D……」
「闇の姫君(ダークハイネス)ですか……ええ、あの方も例外の一つですわね。限りなく魔王に等しい力を持つ高位高級魔族……光喰い、無限なる闇、闇の姫(プリンセス・オブ・ダークネス)……魔王と魔皇以外にあの方の相手ができる者はいないでしょうね……魔界で間違いなく七番目に強い魔族……魔王を凌駕し魔界三位すら狙える者……と言ったところでしょうか」
「……周りくどい……魔王と互角とだけ素直に言えば……」
「そうも行かないのですよ……魔王とは絶対の存在、魔王と互角の高位魔族や、五番目の魔王などという者は存在してはいけないのです。魔王は四人、全ての魔族が逆らうことのできない絶対存在……それが魔界の絶対の『建前』です。その建前が崩れたとき、魔界という『システム』は崩壊するでしょう……」
「……だが、この世界の結界と同じように、例外や抜け道は存在するのですね……?」
「ええ、闇の姫君と同じような『例外』……というより一つの『疑問』、魔皇の分身や眷属は魔王より強いのか?……ということです」
「……分身や眷属?」
やはり、オウムのように聞き返してしまう。
リンネの言う言葉は、一々引っかかる部分や解りにくい部分が多いのだ。
「ええ、例えば、魔皇……魔界の双神の片割れ、魔眼皇には二人の后と三人の皇子と三人の皇女が居ます……この者達の強さは? 魔王以下なのか? それとも、魔王を凌駕しているのか? それが魔皇と魔王が魔界最強の六人という絶対原則の唯一の例外にして疑問なのです……」
「……なるほど、確かめることのできない疑問ということなのですね……」
確かめる方法は、魔王と魔皇の皇子(皇女)が戦うしかない……だが、それはまず起こらない、起こってはいけないことなのだろう。
「……あら? 話がズレているようですわね……ふふ……お話をこの地上の結界の話に戻しますわね。つまり、この七色の水晶柱、そして七ヶ国は……魔法陣……六芒星の角と中央を意味するの……解るかしら? あなた方の総帥の本当の目的が……」
「……水晶柱を奪い、結界を崩壊させること……?」
「ふふ、正解よ。あなたはそのための囮、捨て石にしか過ぎないのよ」
リンネは心の底から愉快そうな笑みを浮かべていた。
「…………」
「騙されていて、悲しい? それとも悔しい?」
「……構いません」
「えっ?」
「構わないと言いました。私達兄妹はファントム……アクセル様に絶対の忠誠を誓いました。囮? 捨て石? 結構です、アクセル様のお役に立てるなら寧ろ本望です!」
マルクトはきっぱりと言い切る。
「…………」
リンネはしばらく唖然とした表情でマルクトを見つめた後、呆れたような表情でため息を吐いた。
「狗(いぬ)ですね、まるで……。神の下僕を辞めて、今度は魔人の狗ですか? なぜ、それだけの力を持ちながら、他者に仕えようと、依存しようとするの? 己の支配者は己自身だけで充分だとは思わないの?」
リンネは失望したように、冷たい眼差しを向けて言う。
「……貴方は……強いのですね……私と違って……」
自分の神は、自分の王は、自分自身だけ、そう言っているのである、このリンネという女性は……そう言いきれる彼女をマルクトは素直に羨ましいと感じていた。
神に裏切られようが、捨てられようが、結局何かに、誰かに、仕えずには生きられない……それが天使の性。
下僕として創られし者の逃れられない性だ。
「ええ……これでも神様の端くれですので……」
そう言って笑うリンネの笑みはなぜか蠱惑的である。
「さて、ではね……その鎖は時間が経てば勝手に外れるわ、そしたら御主人様の元に尻尾を振りに戻るか、従属の性という束縛の鎖を食いちぎって自由に生きるか、選びなさい……あなたの意志でよく考えて決めなさいね」
リンネは水晶柱と本を袖口にしまうと、マルクトに背中を向けた。
歩き出したリンネの前方の空間に巨大な門が出現する。
「待ってください! 貴方はファントムの敵なのですか!? なぜ、私にこんなことを教えて……」
「そうね……あなたが可愛いからかしら?」
「……はい?」
「ゲブラーとかいうマッチョやあなたのお兄様みたいな傲慢なだけの男が、この国を攻めてきたのなら……ただ始末しただけだったでしょうね……私は可愛い女の子の味方なのよ、優しくしてあげたいの、できる限り……」
「…………」
マルクトは何も言えず、門の中へ消えていくリンネの背中を見送ることしかできなかった。



「なるほど、王はとっくの昔にこの国と民を捨てたのですか……確かにこの国に王など要らないのかも……どちらかと言うなら、この魔導計算機こそが、この国を管理支配する王と呼べるのかも知れませんね」
コクマは巨大な『液晶画面』のある機械から離れると、別の機械の前に移動した。
そして、その機械のボタンを押す。
「地下大空洞への高速昇降機……便利ですね、機械というものは」
コクマは微かな懐かしさを感じていた。
パープルの機械設備は昔を思い出せる。
この国には確かに魔導時代の残影が存在していた。
コクマは開いたドアの中へ足を踏み入れる。
ドアが閉まると同時に、コクマの要る密閉空間が降下を開始した。



チーンという音と共にドアが開く。
そこは自然の生み出した大空洞。
その大空洞一面に、巨大な魔法陣が描かれていた。
大空洞に存在するのは魔法陣と機械だけ。
そして、魔法陣の中心には紫色の六角形の水晶柱が浮いていた。
「他の六角の水晶はともかく、中心というべき魔の水晶、紫水晶だけは絶対に手に入れなければ話が始まりませんからね……」
コクマは魔法陣の中心まで歩み寄ると、ゆっくりと紫水晶に手を伸ばす。
コクマの右手が紫水晶に触れようとした瞬間、黒い光の刃がコクマに降り注いだ。
「……まったく、まだ生き恥をさらしているのですか、あ……ザヴェーラさん?」
複雑な呪印が模様のように刻まれた青紫のローブを身に纏った男がコクマの上空から姿を現す。
「それはこちらのセリフだ、ルヴィーラ」
青紫のローブを深く被った男、ザヴェーラは大地に降り立った。
「……ああ、あなたの場合は生き恥とは言わないかも知れませんね……厳密には生きていませんし……」
「ほざけ! 貴様、中央大陸の結界など崩して何を企んでいる! 世界を千年前の魔族の世にでも戻す気かっ!?」
「さあ、なんでしょうね? まあ、何にしてもあなたには関係のないことですよ」
「ふざけるな! 排魔(はま)の結界の崩壊は、ガルディアにとっても無関係ではない!」
「ガルディア? ああ、今はあなた、ガルディアの狗に落ちぶれているんでしたね」
コクマは見下すような笑みを浮かべる。
「黙れ! そういう貴様はファントムなどという下衆な組織の狗ではないかっ!」
ザヴェーラは左手を天にかざした。
黒い奇妙な紋章が甲に浮かび上がる。
『久方ぶりよのう、アトロポスよ。まだ、そのような男と一緒に居るのか?』
甲の紋章から吹き出した闇が人の形をとった。
艶やかな黒髪は、前髪は綺麗に切り揃えられ、後ろ髪は地に着きそうなほど長い。
どこまも深く暗い闇色の瞳。
黒一色のノースリーブシャツと大胆なスリットのはいったロングスカートというシックなファッションをしていた。
『服の趣味が変わられましたか、ヘラ姉上?』
コクマの左手にあった半透明な水色の剣が半透明な水色の髪の美女に転じる。
「そなたの方こそなんだ、その黒い衣装は? 黒は妾の色、そなたの象徴色は水色のはず……」
「主たるお館様の色に合わせたまでのこと。姉上こそ、以前は婚礼か何かのような派手な着物やドレスを好まれていたはずですが、なんですか、その変にスッキリした……悪く言えば露出の多いふしだらな服は?」
「わざわざ悪く言うところが相変わらずじゃな……そなたには優しさというか、柔らかさがない……女性としてそれはどうかと思うぞ」
「世間一般でいうところの女性らしさですか? そんなものは私には無用です。私は姉上のように殿方に媚びる趣味はありませんので……」
アトロポスは、眼差しも声も冷たく冷え切っていた。
「そなた、姉を敬うことすら忘れたかっ!?」
「私の敬う御方はお館様唯一人です。今の姉上はお館様の敵、屠るべき相手にしか過ぎません。では、お覚悟を」
アトロポスは半透明な水色の剣に戻り、コクマの左手に握られる。
「口喧嘩はあなたの負けのようですね、闇の聖母(ダークマザー)のヘラさん?」
「ぬっ! 冷徹さであやつに勝てるわけがなかろう! だが、力では負けぬ! 主よ、参るぞ!」
ヘラの体が黒く激しく輝いたと思うと、次の瞬間にはザヴェーラの左手には黒い輝きを放つ美しい黒曜の剣が握られていた。
上品なデザインと装飾、、洗練された美しさの両刃の剣。
黒い宝石のようなものでできた刀身、血のように赤い装飾、シックな美しさでありながら、闇の聖母(ダークマザー)は光の竈(ライトヴェスタ)に酷使していた。
「闇の聖母よ、剣が主に、余に指図をするなと何度言えば解る? だが、今回は貴様の望みに応えてやろう、余の望みも同じゆえになっ!」
ザヴェーラが闇色の剣を振り下ろすと、無数の闇の刃がコクマに向かって放たれる。
「ふん」
コクマは鼻で笑うと、水色の剣を横に振った。
剣先から吹き出した水色の炎がコクマを護るようにまとわりつき、全ての闇の刃を呑み込んでしまう。
「あなたの相手をしている程、私は暇ではないのですよ、ガルディア十三騎「闇皇子」ザヴェーラ……いえ、ザヴェーラ・フォン・ルーヴェ!」
コクマは真実の炎でザヴェーラに斬りかかった。
ザヴェーラは闇の聖母で一撃を受け止める。
「それとも、昔のように兄上と呼んで欲しいですか?」
コクマは侮蔑を込めた笑みを浮かべた。
「余を! 母を! 父を殺し、国を奪っておきながらぬけぬけとっ!」
ザヴェーラは憎しみを込めるように闇の聖母をコクマに向けて叩きつける。
「あなた達では大陸の統一すらできなかったでしょ? 私が皇帝になって正解だったんですよ」
「ふざけるっ! 大陸支配だけでは飽きたらず、全ての大陸を手に入れようと欲をかき、大陸ごと我が故郷を海に沈めたことを忘れたかっ!」
「あなた達と一緒にしないでくださいよ。私には支配欲などありませんよ、ただ楽しめれば良かったんですよ。全大陸を巻き込んでの魔導大戦……あれは楽しかったですね」
コクマは過去を思いだしたのか、楽しげな笑みを浮かべた。
「娯楽のためだけに、父と母を、国を滅ぼしたと言うのかっ!」
ザヴェーラの斬りつけてくる闇の聖母は、全て真実の炎に受け止められて、コクマには届かない。
「ええ、それが何か?」
「貴様っ!」
「ザヴェーラ、あなたはホントにくだらない人だ。親子の情? 愛国心? 私には理解できない感情で私を逆恨みし、つきまとう」
「逆恨みだと!? 余の正当な憎悪がっ!」
ザヴェーラの怒りや憎しみの増加と同調するように、闇の聖母の剣撃の激しさが増していった。
「あなたも父上も、他者を見下し、命令することや踏みにじることが当然の権利と勘違いしている典型的な愚かな皇族だった。だから、滅びたのは当然のことなんですよ」
「貴様は違うとでも言うつもりか!?」
「ええ、違いますよ。私はね、兄上……身分なんて関係なく平等に……」
真実の炎が闇の聖母を弾き飛ばす。
「……全ての人間が大嫌いなんですよ!」
真実の炎がザヴェーラを横一文字に切り裂いた。
















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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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